医療は完全ではない。

症状の原因が分からないことは多々あるし、進行性で治らない病気、治療法がない病気も多々ある。

患者に対し必ずしも正しい医療を提供しているとも限らないし、正しい診断の上正しい治療を施したとしても、それは現在分かっている範囲でのより良い治療というだけ。

更に良い治療法が明らかになることもあるし、根本から治療法が覆ることだってある。更には製薬会社と医者のお偉いさんとの関係性などから治療薬が選択されたり、それぞれ特徴はあるにせよ同効果の治療薬に関しても多数の薬があり、どれが本当に一番良いのか分からないこともある。

また、治療をすれば治る病気であっても、それができない場合もある。患者の年齢や全身状態と、その治療によるリスクや副作用の観点から、「適応なし」と判断された場合だ。

話しが大分大きくなったが、臨床で「治療適応なし」と判断され、診察室を後にする家族がいて、ふとタイトルのように何とも虚しい気持ちを感じたので、綴ってみた。

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私はまだ駆け出しの眼科医であり、必要な検査を終えた上で、患者の手術適応などに関しては上級医に相談、最終決定は上級医の判断という形になっている。

先日、認知症と心疾患のある90代のお婆ちゃんが推定60代の息子と外来に訪れた。白内障による強い視力低下があり、クリニックから手術依頼の紹介だった。

 

白内障と言えど、進行し過ぎれば失明に至る。更には眼痛や頭痛、嘔吐などを生じる緑内障発作を引き起こすこともある。現代日本では手術治療が普及しているから大したことのない病気と認識されているかもしれないが、いまだに途上国で白内障は失明の原因のかなりの割合を占める

日本国内においても、都心と田舎では白内障の進行具合に差がある。日本と途上国との比較同様、都心と田舎では、進行している白内障は田舎に多い。都内は病院も多く、また、患者を他に取られまいと、医療者側もすぐに白内障手術をする傾向にある。一方田舎は医療の普及も都心ほどではなく、患者本人も本当に見えなくなるまで我慢、、、というか受診しようとしないことがある。つまり、進行しきった白内障は田舎に多く、都心では少ないのだ。

 

さて話がそれたが、私の勤める病院の眼科にまずまず進行した白内障患者が来たわけだ。

ルーチンの検査を行い、結果が出そろってから上級医の外来を受診してもらった。

返事が「手術適応なし」だった。

 

眼科の手術は基本的に局所麻酔であり、眠った状態で行う手術ではない。従って術中も患者の協力が必要であり(眼をキョロキョロ動かされると手術できない)、精神疾患を持つ患者などでは局所麻酔では難しく、全身麻酔で行うことがある。

患者はあまり分かっていないが、全身麻酔は体に物凄い負担がかかる。眠っている間に手術して起きるだけではあるが、実際は医療器具がなければ死んでしまうくらい体の機能が落ちている状態で手術をしている。

この患者は認知症があり、局所麻酔での手術は困難だと判断された。全身麻酔でやるにしても、90代とかなり高齢で全身疾患も有することを考慮すると、リスクは大きい。反対眼がそれなりに見えていることもあり、無理して手術する必要もないという訳だ。

 

リスクの回避や全体としてのベネフィットを考えた上で、治療を提供しない対応をすること・その判断をすることはとても重要ではあるが、

「できないって言われましたね・・・。来るのが遅すぎましたかね・・・。」というご家族の反応を見るとなんともいたたまれなくなる。

「そうですね・・・残念ではありますけど。手術のご希望に添えず申し訳ありません。」としか言えない。

診察室を後にする家族の背中が、私にはとても悲しそうに感じた。そんな一日があった。